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法話

鶴を放つ

 
 秋彼岸も終わるとやはり秋の気配がしだいに濃くなって、周囲の木々の葉の色も夏の風情ではありません。
 見上げると空の青さも雲の白さも確かに季節の移ろいを告げています。与謝蕪村(よさぶそん)(1716~1783年)の句に
秋の空 昨日や鶴を放ちたる
があるのが思い浮かびます。これは中国から日本に伝わった文化の理解を前提にして作られた一句となっています。
 林和靖(りんわせい)(林逋(りんぽ))(967~1028年)は中国宋代の詩人で、庵を西湖のほとりに結んで閑居しました。ちなみに、浙江省にある西湖は現在、世界遺産に登録されています。和靖はその西湖に居ること二十有余年で都会には出てゆかず、二羽の鶴を飼っていました。あたりを周遊して再び庵に戻るのを常とし、舟を浮かべて寺をめぐることが多く、留守中に客が訪れた時には童子が鶴を放つことになっています。遠くにある和靖はこれを目にすると客の到来を知り流れに棹さして帰ってきたといいます。現在ならば留守宅から外出中の主人に携帯電話をかければ済みますが、風情あるいは趣向が入る余地はありません。それだけのために鶴を飼育している人間が本当にいたのかと疑う人もいるかもしれません。しかし、私たちの日常とはかけ離れている林和靖の生き方を思い描くだけで別世界に吹き渡る風を味わえる気分になれます。
 お釈迦様がクシナガラで涅槃に入られたとき、周囲の沙羅双樹の林が真っ白な鶴の羽のようになって枯れたという言い伝えがあります。そこから沙羅双樹の林を鶴林(かくりん)と呼び、転じてお釈迦様の死を鶴林と称するようになりました。鎌倉時代の説話集『古今著聞集』にも記されています。
私たちの心に備わる想像力は大きな力を持っています。単に絵空事を空想して暇をつぶす役割を果たしているだけではありません。秋の空の澄み切った青さに包まれて、数百年を経た昔に遙か遠国で蒼天を自由に飛ぶ鶴の姿を想うことができます。あるいは更なる過去にまで想像の翼をはばたかせて、お釈迦様の長く遠い教化(きょうけ)の旅の有様を頭の中に描くことも難しくありません。
 いつもより少しゆっくりと手洗いをしながら、心の中で鶴を放ってみましょう。

教化部執事 壬生真康

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