こちらは浅草寺境内の諸碑をご紹介しています。
今回ご紹介の碑
場所本堂西側
「鳩ポッポの歌碑」(下記、本ページの5参照)には、この碑にちなんで数羽の銅造の鳩が羽を休めている。あたかも生きている鳩がとまっているかのようであり、顔や羽などの細かな表現にも驚かされる。作者は「東洋のロダン」とも称された朝倉文夫(1883~1964)で、歌碑近くの「雲」像も同氏の手による。
3 旧五重塔跡 現在、五重塔は境内の西側に建立されているが、かつてはその反対側に位置していた。現在は、「旧五重塔跡」と記された石碑が跡地に建っている。 浅草寺の五重塔は、天慶5年(942)平公雅(たいらのきんまさ)による創建以後、いく度か炎上するもその都度再建されている。昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲により惜しくも焼失した国宝旧五重塔(高さ33メートル)は、江戸時代の慶安元年(1648)、第三代将軍徳川家光(1604~51)により建立され、かつては歌川広重(うたがわひろしげ)・歌川国芳(くによし)などの浮世絵の格好の画題としても全国に知られていた。