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『応永縁起』によると、安房守平公雅(たいらのきんまさ)が武蔵守に補任された天慶5年(942)、その祈願成就の御礼として建立された。
以来、数度の火災により炎上するも、その都度再建された。
鎌倉時代から江戸初期にかけては、あまり変化はなかったが、その後、徳川家光により再度の寄進建立が行われ、本堂と仁王門が慶安2年(1649)12月23日落慶、元禄5年(1692)に京都の曼殊院門跡(まんしゅいんもんぜき)良尚法親王ご染筆の「浅草寺」の扁額がかけられた。その後、昭和20年(1945)3月10日の戦災に遭うまで平穏無事だった。
現在の門は浅草寺の山門として、内部三層のうち上部二層に近代的防災設備を施した収蔵室を設け、浅草寺の什宝物収蔵の宝蔵門として大谷重工業・ホテルニューオータニ創始者の大谷米太郎氏のご寄進により復興再建された。 |
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| 地鎮式 |
昭和36年(1961)12月20日 |
| 完成 |
昭和39年(1964)4月1日 上棟式 |
| 収蔵庫 |
昭和37年(1962)7月25日 什宝物を収納する |
| 大わらじ |
高さ 4.5m・幅 1.5m、重さ 500kg、藁 2,500kg使用。山形県村山市有志より平成20年(2008)10月奉納〔昭和16年(1941)の初回以来、7回目〕
わらじは仁王さまのお力を表し、「この様な大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか」と驚いて魔が去っていくといわれている。
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| 大提灯 |
高さ 3.75m・幅 2.7m、重さ 400kg。 日本橋小舟町奉賛会より平成15年
(2003)10月奉納掛け換え(3回目) |
| 吊灯籠 |
高さ 2.75m、重さ 1.000kg 銅製。魚がし講より昭和63年(1988)10月奉
納掛け換え(2回目) |
| 「浅草寺」額 |
京都・曼殊院門跡の良尚法親王筆の模写 |
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宝蔵門・仁王門 新旧比較
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旧(仁王門) |
現(宝蔵門) |
| 構造 |
木造 |
鉄骨・鉄筋コンクリート |
| 様式 |
入母屋造
五間三扉重層門 |
入母屋造
和様三手先五間三扉重層門 |
| 外部塗装 |
漆塗仕上 |
合成樹脂塗装 |
| 新設備 |
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上層に収蔵室・警報装置 |
| 下層桁行 |
20.8m |
21.1m |
| 上層桁行 |
19.8m |
20.0m |
| 下層面積 |
161.4m2(48.9坪) |
173.6m2(52.6坪) |
| 中二層面積 |
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173.6m2(52.6坪) |
| 上層面積 |
134.6m2(40.8坪) |
144.5m2(43.8坪) |
| 総面積 |
296.0m2(89.7坪) |
492.0m2(149.2坪) |
| 総高 |
22.5m |
21.7m |
| 楼内安置仏 |
文殊菩薩像
多聞天・持国天
墨絵の雲龍(天井)
鳳凰及び迦陵頻伽 |
釈迦如来像(平安時代)
四天王像 (持国天・増長天・広目天・多聞天)
風神・雷神像 |
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仁王尊像(木曾檜造り 重さ 各約1,000kg)
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阿形像(左)
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吽形像(右)
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| 製作期間 |
昭和37年(1962)1月~
39年(1964)3月 |
昭和37年(1962)1月~
39年(1964)3月 |
| 彫刻 |
錦戸新観 |
村岡久作 |
| 彩色 |
磯貝玉州 |
磯貝勝之 |
| 身長 |
4.54m(総高5.45m) |
4.93m(総高5.45m) |
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※仁王尊のご縁日は毎月8日。身体健全、災厄除、虫封じ、疱瘡除の守護神。所持の武器は金剛杵、インドの古代武器の一種で堅固不壊でありよく物を摧破するの義、すべての煩悩を破る菩提心の象徴。
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