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通称「お狸(たぬき)さま」と呼ばれ、火防・盗難除けの守護神として信仰が篤い。
明治16年(1883)浅草寺中興第17世貫首(かんす)唯我韶舜(ゆいがしょうしゅん)大僧正が、夢告により境内に棲む狸を「鎮護大使者」として、伝法院の守護にまつったもので、現在のお堂は、大正2年(1913)の建立。毎年3月17日に「鎮護大使者御祭礼」が行われる。
また、昭和53年(1978)建立の水子地蔵尊では、毎月24日午前10時に水子供養法要が行われる。 |
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| 建立 |
明治16年(1883)浅草寺中興第17世貫首(かんす)唯我韶舜(ゆいがしょうしゅん)大僧正が、夢告により境内に棲む狸(たぬき)を伝法院の守護としてまつったもので、伝法院境内脇にある。現在の堂舎は、大正2年(1913)建立。 |
| 本尊 |
荼吉尼(だきに)天女騎座像 |
| 赤門 |
明治維新の折、寛永寺内に15代将軍徳川慶喜公が一時謹慎蟄居(ちっきょ)された際の建物の門で、葵門(あおいもん)とも称された。 |
| ご縁日 |
毎年3月17日「鎮護大使者御祭礼」 |
| 余録 |
当初、伝法院の鎮守としてまつられたが、福徳を願う信者の参詣が多いので、一般にも開放された。
火防、盗難除の守護神として知られる。 |
| 水子地蔵尊 |
昭和54年(1979)9月建立。毎月24日午前10時に水子供養法要が行われる〔雨天の際は伝法院客殿にて営まれる。また3・9月は、放生会(ほうじょうえ)を行う〕。
地蔵菩薩は、子どもたちを助ける仏さま。早く亡くなった子どもたちを浄土へ連れて行って下さる。 |
| 加頭地蔵尊 |

破損した頭部をつないであるため「加頭地蔵(かとうじぞう)」の名がある。「首がつながる」との俗信から、サラリーマンらの信奉も集める。
造立年代は不明。 |
| 幇間塚 |
「幇間(ほうかん)」とは、男芸者のことである。幇間有志によって、幇間物故者供養のため、昭和38年(1963)に建立された。碑には浅草生まれの小説家・劇作家・俳人である、久保田万太郎氏の俳句がある。「またの名の たぬきづか 春ふかきかな」 |
| 神木公孫樹 |
昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲の折、焼夷弾(しょういだん)を浴びながらも、その猛火から鎮護堂を守ったと伝えられる推定樹齢400~500年の公孫樹(いちょう)である。今でも木には当時の焼け跡が残っている。 |
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