浅草寺寺舞  
金龍の舞
 昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲は浅草の町並みを一変させました。もとよりその中心であった浅草寺も大半の伽藍を焼失し、その復興は地元のみならず全国のご信徒にとって悲願でありました。
  本堂をはじめとした諸堂の再建はご信徒の方々に喜びと勇気を与え、ご信徒の心を一層結びつけることにもなりました。これを期に寺舞が創始されました。寺舞は地元有志の方々により奉演され、ご縁日には参拝諸人を楽しませています。
 

金龍の舞(きんりゅうのまい)
3月18日示現会・10月18日菊供養会 奉演

 昭和33年(1958)、本堂再建を記念して創始奉納されたのが「金龍の舞」です。浅草寺の山号「金龍山」から名をとったこの舞は、『浅草寺縁起』に、観音示現の時「寺辺に天空から金龍が舞い降り、一夜にして千株の松林ができた(現世利益ともなる五穀豊穣の象徴)」とあることから創作されたものです。
  松林に見立てた浅草寺幼稚園園児による松慈童(まつじどう)と、観音さまを象徴する「蓮華珠(れんげしゅ)」が1名、これを守護する「金龍」(長さ約18メートル、重さ約88キロ)を8名が操作し、浅草組合花組のお囃子の中、勇壮華麗な舞が行われます。


白鷺の舞(しらさぎのまい)
4月第2日曜日・5月三社祭・11月3日 奉演

 昭和43年(1968)の「東京百年祭」を記念して創始奉納されたのが「白鷺の舞」です。京都八坂神社の祇園祭の「鷺舞(さぎまい)」を参考にして、『浅草寺縁起』の遷座(せんざ)式に登場する「白鷺の舞」を再興したものです。
  「白鷺」8名、「武者」3名、「棒ふり」1名、「大傘」1名、「楽人」19名、浅草寺幼稚園園児による「守護童子」などにより構成される美しい舞です。

福聚の舞(ふくじゅのまい)~七福神の舞・宝の舞~
2月節分会(七福神の舞)・5月5日(宝の舞) 奉演

 昭和39年(1964)の宝蔵門落慶を記念して創始された舞が「福聚の舞」です。福聚とは『観音経』にある「福聚海無量(ふくじゅかいむりょう:観音さまが備えている海のごとき福徳の聚(あつま)り)」から名付けられたもので、節分会で奉演される「七福神の舞」と5月5日の端午(たんご)の節句に奉演される「宝の舞」とがあります。
  「七福神の舞」は、江戸末期から明治初年まで浅草猿若(さるわか)三座の一つ「市村座」で興行に先立って演じられた狂言を再興したもので、節分会に観音さまの功徳を讃えるために奉演されます。
  「宝の舞」は、舞踊の「三社祭」に登場する檜前浜成(ひのくまのはまなり)・竹成(たけなり)の漁師の衣装をまとった宝童子(浅草寺幼稚園園児)が宝船を曳いて練り歩くものです。

七福神の舞


宝の舞
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